不登校から見えてきた未来 by 子連れ狼旅日記

自宅警備員中の息子とアラフォー母の転職記

飲酒運転の末路

飲んだら乗るな

 

飲むなら乗るな

 

自分が凶器になる恐ろしさ

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毎日バイクで元気に通勤していく兄者。

 

その後ろ姿を見ながら

「車なら楽だろうに・・・」とつい考えてしまいます。

 

もう普通免許は取れるのに

なぜか拒否し続けています。

 

将来的にも、資格としても

車の免許は今や必須の世の中。

 

取得にはそれなりに

時間とお金がかかります。

 

先生のところへバイトへ行っていたときも

移動は車で先生の運転。

 

「お前、免許取れよ~」と

よく言われていたようです。

 

どうも怖がりな兄者、

車での事故を懸念している模様。

いや、チャリでもバイクでも同じだぞ。

 

ただ、確かに事故の規模は大きくなります。

 

少し違いますが

ちょっと前に芸能人での飲酒運転の事故があっていました。

 

お酒が残った状態での運転で車へ衝突。

 

ニュースを見ながら兄者が

「いや、絶対ありえんでしょ。

てかこれぐらいで済んだの奇跡じゃん」

と真顔で言っていました。

 

そう、その通り。

 

でもね

身近で

同じことした人、いるんです。

 

うちの子たちは知りませんが

 

主人の兄。

 

もうかなり前になりますが

前夜会社の同僚と深夜遅くまで飲酒し

その時は代行で帰宅。

翌日は休日でしたが、仕事が残っていたとかで出勤したらしく

がっつりお酒が残っている状態で

前方に停止している車にガチャン。

 

駆け付けた警察官にその場で逮捕。

 

公務員だった義兄は

懲戒免職になりました。

 

いや、もう

バカだな・・・に尽きる。

 

元々陽気で社交的な性格。

ただ家でも外でも、お酒が入ると止まらない。

ろれつが回らなくなり、歩けなくなるまで、飲む。

 

私から見ると

完全に『アル中』状態でした。

 

飲むのを自分の意識で止めれない方、要注意です。

 

焼酎や日本酒、ウイスキー、種類は関係なく

毎日飲まないと居られないのは

アル中の状態です。

 

さいころから、母を見てきたので

よくわかります。

 

飲むのを止められると、暴れ出す。

最悪です。

 

義実家でも

正月や盆などのお酒の席、

また我が家でのバーベキューの時も

この義兄は毎度飲みすぎては

子どもに絡んだり、主人と喧嘩になったり

 

見ていてアホちゃうかな、と思う場面が昔から多く。

 

ただ不思議なことに

義父も義母も注意しない。

 

その挙句の

飲酒運転でした。

 

正直「あーついにやったか・・・」というのが

本音ではありました。

 

ぶつけた衝撃も大したことなく

相手方にもケガとかがなかったのが

不幸中の幸いでした。

 

体をこわす前に、これに懲りてお酒を控えるようになれば

本人のためにもなるんじゃないか、とさえ思いました。

 

ところが

それからしばらくして

義実家から言われたことが

 

『懲戒免職はひどすぎるから裁判で訴える』

という信じられないものでした。

 

・・・?なんと???

 

もちろん私は抜きにして行われた家族会議で決定され

そのあと我が家へ「応援してほしい」と

義兄夫婦が言いに来たことで、

私は初めて知りました。

 

主人も最初は同意見だったようです。

 

それまでの処分は謹慎だったらしいのですが

ちょうど飲酒問題が表面化し始めた矢先のことで

厳罰第1号になってしまいました。

 

ですが私がいた会社でも

飲酒運転は懲戒解雇。

いや、世の中それが当たり前なんだけど。

 

あまりにビックリして言葉が出ませんでした。

 

『いい弁護士先生から勝率は五分五分と言われた』

とドヤ顔でいう義兄に

「いや、無理だと思う」

と率直に言ってしまいました。

 

一気に険悪ムードに。

隣では主人がぎょっとした顔で私を見ていました。

 

我が家は次男夫婦。

それまでは義兄夫婦をたててきたので

決まった事柄に反対したことも

文句を言ったことも一度もありませんでした。

 

でもこれはさすがにオカシイ。

義兄の将来がかかっていると思ったので

意を決して義兄夫婦に進言しました。

 

「いや、私の会社でも、世の中でも飲酒運転は厳罰です。

ごめんなさい、あえて言わせてもらうけども、懲戒免職は当然だと思います。

裁判で勝てる見込みも、あるとは思えません。

何よりも、けが人もいなくて大事故にならずに済んだ。

もし相手が子供だったりしたら、大変なことになってましたよ。

これぐらいで済んで良かったと、私は思います。」

 

出来るだけ、言葉を選んでいったつもりでした。

 

何より義兄はまだ若く、やり直しもきく。

実際その時、親戚筋から仕事の紹介があっていたのも聞いていました。

 

「勝てない裁判で、時間をお金を費やすよりも、

心機一転、新しい職場でやり直した方が私は良いと思います」

 

義兄はさすがに下を向いてうつむき、

なんと、かみついてきたのは義姉でした。

 

「あのさぁ、分かってないんだよね-。

子どもたちに、負けた父親の姿は見せられないのよ!」

 

( ゚Д゚)???

 

義実家の中で、唯一マトモだと思っていた

義姉の言葉と態度は、一番ショックでした。

 

ダメだ・・・意味が分からない-

 

もうこれ以上は無理と思い

それならばどうぞご自由にしてください、というと

怒りまくって帰っていきました。

 

親戚の中で、私だけが

反乱分子と認定され、のけ者扱いに。

 

お-お-好きにしたらええわ。

 

主人には、改めて説明をしました。

結果私の考えに理解はしましたが

やはり表立っては反論もできないままでした。

 

哀れ、それから義兄は何年も裁判に時間を取られ

(信じられないことに)最高裁まで上告しましたが

ことごとく敗れました。

 

当たり前や

 

義親の年金もどれくらいつぎこんだのでしょう

 

仕事の紹介も当然なくなりました。

 

ですが

「負けた父親の背中」を見て育った子供さんたちは

それぞれ勉強も資格も頑張り

今は社会人として、とても立派になっています。

 

確かに

子は親の背中を見て育つ、です。