不登校から見えてきた未来 by 子連れ狼旅日記

自宅警備員中の息子とアラフォー母の転職記

不登校になって~「おっさんずラブ」を初めて見た~

いろんな愛のカタチ

 

古い常識にとらわれない

 

自分もアップデートしなくちゃ 

f:id:hikaru-ko:20200805093911j:plain

 「おっさんずラブ」を初めて見ました。

(今頃かい)

 

人気があるのは知っていましたが

なかなか見る機会がなく

 

面白かった!という気持ちと

思っていなかった内容にビックリでした。

 

おっさん同士の恋物語かと思いきや

おっさん上司 ✖ ポンコツ主人公 ✖ イケメン後輩の

まさかの三角関係。

 

先輩まで以前の恋人とか。

会社のほとんどみなフリーダム。

 

すごいな(;'∀')

 

吉田鋼太郎1人でも濃いーのに

さらに沢村一樹まで投入!

 

気づけば林遣都クンに感情移入していました。

 

はるたん(田中圭)ダメダメちゃんだなぁと

思いながらも愛おしいし。

 

あ-なんかみんな幸せになってほしいと思いながら

見ていました。

 

一つは会社をはじめ

周りの環境が、彼らを受け入れているからなんですよね。

 

見ていて気持ちがいい。

 

現実難しいのかもしれないけれど

人を好きになるのは、自由で。

 

それが男でも、女でも

人として尊敬できて、恋する対象であれば

愛に発展していくんだなぁと

思っていたよりも深く、いいドラマでした。

 

 

今は昔のドラマの再放送が多く

逃げるは恥だが役に立つ」を

全部見たのも初めてで💦

 

てか、今まで

ドラマ見る時間なかったんで・・・

 

ガッキーめちゃんこカワイイ(*ノωノ)

いや二人が可愛すぎる・・・

 

 

今まで「女性がすることが当たり前」

とされてきた家事。

 

それを「仕事」として認めてもらうというのは

驚きでもあり、

またそれは、逆に私自身の中でも

「女性=家事=当たり前」という

固定観念にとらわれていたからだと思います。

 

 

『恋』のカタチ

『愛』のカタチ

『結婚』のカタチ

 

”当たり前” ”普通” という見えないレッテル

 

 

子どもの不登校で気づいた

「周りと同じ」ことを強要される辛さ

 

「あなたは、あなたでいいんだよ」

と言ってもらえる嬉しさを

子どもも私も知っています。

 

もっと自由な世界になりますように

 

優しい世界になりますように

 

揺るがない自分でありますように

 

 

でも

半沢直樹』 のメンバーで

おっさんずラブをしたらどうなるのだろう

 

北大路欣也 ✖ 堺雅人 ✖ 香川照之

 

見たい(笑)

 

 

でも今は

平匡さんとは違う志摩役の星野源

ドキドキしています♪

 

不登校になって~母とメロンパン~

子どもを育てるようになって

自分の幼い時を思い出す

 

早く大人になりたかった

f:id:hikaru-ko:20200804145006j:plain

私には歳の離れた姉がふたりいます。

 

姉たちは年子だったので、一人幼い私は

小さい頃はまさしく姉達のオモチャでした💦

 

姉達が高校生の時は、私だけが小学生で

もちろん相手にはされず。

 

淋しさもありましたが、

それでもなんやかんや可愛がってもらってました。

 

大人になってからでしょうか。

女同士、なんでも話せる

頼もしい味方になりました。

 

両親は、ちょっと変わり者で。

小さい時は部活動やクラブ、着る服なども

母が全部決めていました。

 

でもそれも

私が小学校の高学年くらいまでで、

それ以降は割と好き勝手にしていました。

 

それからは両親共に放任主義で。

「自分の事は自分で」というスタイル。

 

聞こえはいいですが

母に至っては、体が弱いうえに、気持ちも弱く。

もともとお酒に依存もあり、アルコール中毒の状態でした。

 

ですので

生活全般が「どうぞご自由に」といった感じで

まず朝は起きてこない、

夕飯は気が向いたら作ってある、の日々でした。

 

もちろんお弁当はありません。

 

幼稚園時代は、朝が弱いためお弁当がほぼなく

代替えのような形で用意されるものが、

メロンパンでした。

 

ほぼ毎日メロンパン(;´・ω・)

 

さすがに辛かった。

 

朝ごはんは毎日卵かけごはんだったので

 

大きくなってからは

メロンパンと卵かけご飯が大嫌いでした。

 

(中学校の修学旅行の時、朝食で出された生卵を

皆は卵かけご飯にしてましたが、

私一人だけそのまま飲んでいたため

「研ナオコ」としばらくイジられました)

 

また私も身体が弱く、熱を出すこともしょっちゅう。

幼稚園からよくお休みをする子でした。

 

私がお休みしても、母からは全く何も言われない。

 

おそらく母も寂しかったのでしょう。

 

お休みすると、側にいる。

ずっとくっついて眠っているような人でした。

 

でも一度、幼稚園の帰り道

友達と一緒にいたくて、

全然違う班に紛れて帰ったことがありました。

 

今みたいに、お迎え必須とかではなかったので

ある程度の場所まで来たら、先生たちも帰ってしまいます。

 

当然ながら、迷子になりました。

 

公衆電話から、泣きながら家に電話を入れました。

 

すると

「自分で勝手なことしたんだから、一人で帰っておいで」

ガチャン!ツ-ツ-ツ-・・・

 

え?マジ?

 

どうにかこうにか、自力で帰りました(;'∀')

 

子どもながらに、悟りましたね。

「親をアテにしてはいけない」(笑)

 

それでも小学校までは、まだ母の体調も良かったのもあり

遠足や運動会といったイベント時には

頑張って重箱のお弁当をいくつも作ってくれていました。

 

それも中学校に上がると、弁当も作れなくなり。

 

代りに姉達が作って届けてくれていました。

 

普段家ではジャージ姿の姉貴が

めちゃカワイイ格好して

「ハイ、お弁当❤」

と届けにくるもんですから、目を疑いました。

 

姉達は(私と似ておらず)結構キレイでしたので

周りの友達からは、ものすごく羨ましがられました・・・

 

そんなこんなで

中学、高校と

よく考えれば、結構お休みしていました。

 

でも、父も母も何も言わない。

「勉強しなさい」も一度も言われたことがありません。

 

あまりに放ったらかしにされるので

『そろそろヤバイな』と学校へ行く、そんな感じでした。

 

ムチャクチャですね(笑)

 

でも家の中はそれなりに荒れていたので

私なりの反抗心もあったように思います。

 

いいんだか悪いんだか

すっかり放任主義で育てられたため

おかげで自立精神だけは育ちました。

 

父も基本干渉はしない人で

それでも困ったことがあれば

相談に乗ってくれていましたし、

必要なものがあれば、やりくりして

準備してくれていました。

 

子どもが決めたこと、やりたいことには

反対しない人でした。

 

ですが、とにかく家から出たい一心の私が

上京して就職を決めた時だけは

さすがに渋っていました。

 

「そんなに遠くに行かなくても、

同じような仕事は近くにあるじゃないか」

という父の言い分ももっともでしたが

なにせ家から出たい私は、譲りませんでした。

 

すると、応援してくれたのが、母でした。

 

「女の子でも、一度は家から出たほうがいい」

 

母自身も若い頃、田舎から上京していた経験がありました。

 

なんとか父を説得し、家を出ることに成功しました。

 

1年に1度くらいのペースで帰省してましたが

いつも空港に送迎してくれるのは父だけ。

母は「いやよ。きついのに」と

私が帰るときは寝ていて、

一回も見送りに来てくれたことはありませんでした。

 

冷たい人だな、くらいにしか思っていませんでした。

 

後年、

「遠くに行くのが分かっていても

目の前で旅立っていく姿は、見きれなった」

と母の本音を知りました。

 

ご飯も作らない

洗濯も掃除もしない

誕生日には一人で白いご飯だけ

お酒を飲んで暴れたり

灰皿が飛んできたり、ぶたれたり

 

・・・いい思い出とは言えないけれど

それでも母なりに必死だったこと

 

今、親になったから、わかること

 

「ありがとう」を伝えないまま

お別れしてから23年が経ちます。

 

親って、本当に

難しいものですね。

 

不登校になって~アルバイトも大事な学び~

校則によくある

『アルバイトNG』

 

働いて得るお金の大切さも、勉強の一つだよ

f:id:hikaru-ko:20200803151849j:plain

朝の新聞配達が始まり

 

弟君は誤配もなく、キッチリこなしていました。

 

でもさすがに眠いらしく

帰ってからはひと眠り。

 

朝課外があったり(2年からはなくなった)

部活動と並行では、ムリがあったかも。

 

思えば、私の高校生の時は

文化部で、自分たちが好きに活動する

ユル~イ部活だったので出来ていたんでしょうね。

 

それでも週に3~4日。

夕方~21時まで。

高1の途中から卒業まで続けました。

 

衣類を扱うお店で、主にレジや商品の整理等の接客業。

 

それでもお客様への言葉遣いや接し方、

お金の扱い方、衣類の畳み方、

仕入れから店頭に出すまでの流れ

贈答用の梱包やのしの書き方等の作業に加え

 

一緒に働くバイト生や、

パートのおばちゃんたち、

店長さんら正社員との関わりも

勉強になっていたと思います。

 

そういえば1度だけ

フルフェイスのお客さんが入ってきて

女性ものの下着をわんさとかごに入れ

買って行った事があって衝撃的でした(;・∀・)

(今はフルフェイス入店は出来ないかな)

 

難癖付けてくるおっちゃんとか

ものすごく優しいおばあちゃんとか

一喜一憂しながら

それでもバイトが楽しかった-♬

 

我が家は子どものころから、必要なものは自己申告制で、

お小遣いは一応もらっていました。

 

ただそんなに裕福ではありませんでしたから、

私は洋服の類も、ほとんど姉達からのおさがり。

 

でも年齢が6歳以上離れているので

洋服が一昔前のものなんですよね・・・

これが結構ツラい。

 

でも買ってとも言えなくて。

それならば自分で稼ぐしかないと。

 

高校生になってからは、洋服や遊ぶお金は

バイトで賄っていました。

 

学校では、パソコンや簿記など

資格をひたすら取っていましたが

3年間で学んだことは

『私には経理の類は向かない』

 

・・・とにかく数字がキライ・・・

 

答えが1つしかないのがどうもイヤなんです(;^ω^)

ほぼほぼ近ければOKじゃない⁉という

曖昧な私の感性とは合わないようで(笑)

 

反して応用のきく接客は得意分野でした。

 

そんなこんなも

バイトの経験から得たものでした。

 

あと今だから思う事ですが

子どもはある程度の歳になったとき

親以外の大人と接する機会が大事。

 

子どもの話や悩みを聞いてくれる人。

それに対して意見やアドバイスをしてくれる人。

注意してくれる人、怒ってくれる人。

たくさんの葛藤や理不尽を学ぶチャンスなんです。

 

残念ながら、それが学校という組織や

先生では無理があるのが現状なんですよね。

 

反抗期も始まり、

親だと話をしても反発するし

また逆に甘えもあります。

 

そんなときは他人からの意見のほうが

すんなり耳に入ったりするんだなと。

 

また色んな仕事を経験することで

自分の特性や、性格も見えてきます。

 

もちろん、高校生であれば夜のバイトは反対です。

特に深夜やお酒が入るお店は、トラブルにも巻き込まれやすい。

ファミレスや居酒屋であれば、21時まで。

 

バイトを許可制にして、ちゃんと申告するようにすれば

意外に子どもはまじめに働きます。

何より、お金を稼ぐ大変さが分かります。

 

今は携帯もほぼ皆所持しているご時世。

それだけでも高額なお金がかかります。

 

また塾や習い事、クラブチームやら

今の子育ては、本当に諭吉さんが羽をはやして飛んでいく(泣)

 

子どもに金銭感覚を学ばせるいい機会にもなります。

 

 

ただ学生のうちは、”学ぶ”ことがもちろん一番大事。

 

また、部活動やクラブ等

なにか本人が真剣に打ち込めるものがあれば一番です!

 

ただ自分に合うものが見つからず

学校の体面だけで、

何かの部活動に入らさせるのは違うかなと。

(ほぼ活動がないのとか)

 

『部活に入っていないと、推薦に不利』

・・・なんかオカシイ。

 

大学へ行くにしても

専門学校へ行くにしても

その先の【仕事】を考えた時に

社会経験をさせることも

同じように大事に思うのです。

 

ちなみに

私が行っていた当時の高校は

原付の免許もOKでした。

その代わり、学校へ申告すること、

1年に1回学校で講習を受ける事が必須でした。

私を含め、ちょっと悪めな男の子たちも

皆まじめに講習受けていました。

 

事故は怖いですし、用心するのもわかります。

 

でもなんでもかんでも『NG』ではなく

ある程度許容範囲を持たせて

自分で考えさせる、行動させる

 

思春期だからこそ、大事にしてほしい時間です。

 

不登校になって~働くことは生きる事~

私も高校生時代、バイトをしていた

 

お金を稼ぐ大変さ

接客の難しさと面白さ

 

学ぶことは多い

f:id:hikaru-ko:20200801225742j:plain

4月末から弟君の

新聞配達のバイトがスタートしました。

 

  • 4時に起床、軽めの朝食をとって準備

  • 4時半に販売店

  • タイムカードを押す

  • 広告などは”折り込み機”と呼ばれるものへ(ほとんどすでに準備してあるらしい)

  • エリアごとに分けられた新聞の束を自転車に積み込み出発

  • 自宅近くの34軒が割り振り区域

  • 広告不要の家、ポストではなく倉庫に置くなどに注意しながら廻る

  • 配布終わったら販売店に戻り、タイムカードを押す  

 

緊張しながらキコキコ自転車をこいで

まだ暗い時間に出発して行きました。

 

最初数日は、面接した所長さんがいらっしゃったそうで。

 

そういえば面接のとき

「夜中まで起きてて、そのまま寝ないでくる子いるけど?」

と聞かれてました。

弟君は

「いえ、僕は寝ないと無理なので」

と答えてましたが。

 

ちゃんと来れるか、やっぱり心配しますよね(;^ω^)

 

最初の1週間は、ベテランの先輩が

一緒に行って配布先を確認しながら

注意事項を教えてくれたそうです。

 

それがバイクらしく。

自転車でついていくのに必死だったと(笑)

 

「あんなに必死でこいだことなかったわ・・・」

 

1週間後からは、配布は一人です。

最初こそ少々時間がかかってましたが、

大体1時間くらい。

 

6時前に帰ってきて、何かまた軽く食べてから

1時間ちょい寝ます。

 

朝はちゃんと自分で起きてくる弟君。

手がかかりません。

 

1度だけ、弟君も私も目覚ましをかけ忘れ

売店から電話がかかってきたことがありました・・・

 

猛烈ダッシュで、

なんとかギリ間にあったようでした(;・∀・)

 

一人で廻るため、誰に気兼ねもしなくてよく

思っていた以上に弟君には合っていたようです。

 

所長さんが週に1回

お休みを日曜日にしてくれました。

この日だけは弟君も、

私もゆっくり眠れる。

 

さすがに雷雨の時や、

大雨警報で近くの川が増水してるときだけは

私が車を出しました。

 

甘いかな、とも思いましたが

九州豪雨の際、新聞配達の方が事故にあわれたこともあり

そこは仕方がないのかな、と思うことに。

 

それ以外はカッパを着て行ってます。

 

また父も朝から起きて見送り、

一緒に帰ってくるのをお茶を飲みながら

待っていたりしました。

 

「よくやってるよ。俺ならしきらん」

感心してよく言っていました。

 

朝早起きしなくてはいけないため

夜は必然的に早く寝るようになりました。

 

ゲームをしていても

「俺朝早いから」と離脱してきちんと寝るように。

 

安心しました。

 

バイトを勧めた手前、また暗いうちに出ていくこともあり

私も4時起きの毎日に。

 

送り出した後、弁当や味噌汁を作ったり

色んな用事も朝からできるため

これはこれで、いいのかもしれない。

 

でもやっぱ

眠い・・・(ノД`)・゜・。

 

不登校になって~弟君、アルバイトを始める~

社会に出る一歩

 

バイトは大事

f:id:hikaru-ko:20200731215851j:plain

緊急事態宣言でずっとステイホームの子ども達

 

兄者はずっとステイホームだったので

あまり変わらない生活だったのですが

 

弟君の方が心配になっていきました。

 

外出もままならず

ひたすらステイホーム。

 

ストレスもかなりあったと思います。

 

動画を見てるか、オンラインゲームの日々。

 

高校までは通話は10時まで

ゲームは11時までと約束していました。

 

だが、だんだんと曖昧になっていき

 

深夜までゲーム三昧の日々になっていきました。

 

外出を制限していることもあり、

あまりきつく言うのもな、という気持ちもあり。

また仕事を辞めてからは、

日夜父に付き添っていたため

夜中に注意しに行く、ということもできず。

 

完全に生活のリズムを崩していました。

 

このままではだめだ。

 

緊急事態宣言が終わっても、

学校へ行くのに難航するかもしれない。

 

兄者に続き、弟君まで・・・

いやいやいや

勘弁してくれ。

 

色々と考えた挙句

バイトをしてみるのは、どうだろう?

 

一つには、1年の途中に部活を辞めたこともありました。

 

家に居てくれたおかげで

夕飯の支度や、父を看てもらったりと

それなりに助かってもいたのですが。

 

何かさせていた方がいいかもしれないとは

思っていました。

 

でも学校はアルバイト禁止です。

 

以前夏休みに、食品加工工場の内部で

1週間だけ一緒にバイトしたことはあります。

 

平日も、バイトしてよいよ、と伝えていたのですが

田舎のため近場で求人がなく

あってもコンビニか飲食店くらい。

 

学校にバレると、進学の推薦が取り消しにもなることと

何より先生に指摘されるのは、大っ嫌いな弟君。

 

かたくなに拒んでいました。

 

でも、高校生になってから

おしゃれや音楽にも目覚め

服やコンサートにも興味を持ちだしていました。

 

お小遣いはほしいハズ。

 

でも現状コロナも心配なので

接客は危険度が増してしまいます。

 

 

そこでオススメしたのが

《新聞配達》

 

 

弟君は時間にかなり正確。

朝も強い。

接客よりも黙々とする方が性格的にもあっている。

 

我が家で取っている新聞の集金のオバちゃんに

バイトを募集していないか尋ねると

翌日事務所から電話が来ました。

 

朝4時半から1時間ほど。

時給も高校生にしては破格なほど高いのに驚きました。

人とは極力接することもないため、安心です。

自転車ですから運動にもなります。

 

以上を弟君に説明すると

「やる」

 

即答でした。

 

時間を持て余していたのにも、

自分で気づいていたのでしょう。

 

履歴書が要らない代わりに

面接には同伴で行きました。

 

事務所でお会いした所長さんもとても良い方で

ちゃんと保険もついているとのことで

安心しました。

 

学校へは内緒で、と話すと

笑ってOK、と。

以前は高校生も結構いたんですけどね・・・

と寂しそうに言われていました。

 

5日間後、専用の自転車の整備が完了したと連絡があり

いつからでもいいよ、と。

弟君は

「じゃ、明日から行きます!」

 

・・・ヤル気満々やな(笑) 

不登校になって~ステイホームに救われる~

全国的な緊急事態宣言

 

不安も尽きない一方

ステイホームで助かったこともある

f:id:hikaru-ko:20200730163637j:plain

弟君は3月末から自宅待機になりました。

 

兄者はと言うと

卒業後もずっとステイホーム。

 

進路は・・・

バイトは・・・

 

言いたい気持ちもありましたが

なんせ自粛の世の中。

 

おまけにその時

同居する私の父が癌の末期でした。

 

元から心臓も悪く。

 

万が一にでもコロナに感染したらと思うと

気が気ではありませんでした。

 

 

それが分かっているので

子ども達も、友達に誘われても出かけるのを断り

本当に家でじっとしていてくれました。

 

当たり前と言われればそれまでですが。

それでも、カラオケや遊びに行く子ども達もいたり

飲みに、パチンコにと行く大人も多い中

 

これは本当にありがたかった。

 

ただ子ども達も大きいので、家に置いといても

心配はありませんでしたが

これが中学校以下であれば、また話は違っていたと思います。

 

ちょっとのお留守番ではなく、毎日。

 

食事の支度もそうですが、子どもだけで家に居る事が

安全とも限りません。

 

父は在宅で体調もそこまで悪くはなかったのですが、

やはり急変する心配があったこと、

また体力もかなり落ちていて、転倒もしやすくなっていました。

 

子ども達には、ご飯はなるだけ一緒に食べること、

おじいちゃんがお風呂に入るときは、

気を付けておいてもらう事

何か変わったことがあればすぐに連絡をくれるよう

お願いしていました。

 

父一人であれば、心配で仕事どころではありませんでした。

 

ですがその仕事の方も

残業は時期的になくなっていたものの

コロナ対策にまったく対応しておらず

毎日が恐怖でした。

 

4月の時点で

通信系の会社であるのに、在宅ワークへも取り掛からず

60人以上を一部屋に常時勤務。

昼食も狭い部屋で一斉に取らせ、

消毒もなし。

マスクもしない人がほとんど。

 

何度も上司には話をしました。

周りで感染者が出ていないだけで、もう対策を進めておくべきだと。

せめて電車バス通勤者は時間差出社、

会社の他の部屋(めちゃ空いてるのに使わせない)を使い

昼休憩もバラバラにとってもらう、

リモートワークに切り替える、

消毒薬の準備、マスクは必須、等々。

 

私の直属の上司は女性でお子さんもいることから

考えも同じで、何度も上へ掛け合っていました。

 

ですが社長曰く

「どんだけ会社で対策したって、

みんな外では何やってるかわからないからね、無駄ムダ。」

 

マジかよ

社員の安全とか全く考えてないな

危機感ゼロじゃん

というのが本音でした。

 

私は必ずマスクをつけ、

掃除場所もアルコールを使い除菌をし

同僚と話すときもなるだけ離れるようにしたり。

昼休憩はわがままですが、私だけ時間をずらしてもらったり

倉庫で食べたりして、なんとか日々を過ごしていました。

 

でももう恐怖でしかなかった。

 

とどめは

「みんなステイホームで通販売れるから稼ぎ時」

「社内で感染者出ても、パーテーション仕切って仕事してもらうから」

という社長の言葉でした。

 

だめだ・・・

ここにいたらコロサレル・・・

 

子ども達は頑張って父を看ていてくれてましたが

この状態で、この先も子ども達に甘えるのは間違っている。

 

もう精神的に限界なのと

父の病状も悪化した為

4月半ばに退職を申し出ました。

 

もう着々と仕事は整理を始めていたので

引き継ぎもスムーズにいき、理由が理由なだけに

すんなりと受理してもらいました。

 

ステイホームで家を守ってくれた子ども達には

心から感謝です。

 

 

不登校になって~一斉休校の向こう側~

コロナ緊急事態宣言発令

 

学校の一斉休校

 

学校の底力が試される

f:id:hikaru-ko:20200729165350j:plain

 コロナの脅威がじわじわと拡がりを見せる中

 

今年3月、緊急事態宣言が発令されました。

 

学校が一斉休校になり、単純に喜ぶ弟君。

 

最初はどこまでひっ迫した状態なのか

よく理解してなかったように思います。

 

そのうち、落ち着くだろう・・・という思いとは裏腹に

事態はどんどん深刻になり

学校の再開も見通しが立たず。

 

通常は3月に卒業式があるため、

どこも在校生や参加家族も制限されていたり、

なんともせつない。

 

またせっかく就職や進学が決まっていても

取り消しになったり、時期が未定になったりと

新しい門出を迎える人達には

辛い年になってしまいました。

 

 

学校も一斉休校になったのは寝耳に水だったようで

多くの先生方は、夕方の内閣府の発表のニュースで知ったようです。

それはパニックですよね・・・

 

気の毒に思う一方、その後の学校側の対応は様々で。

すぐに子どもたちが自宅学習できるように

準備を始める先生や学校もあれば

最後まで、まったく何のフォローもない学校まで

こんなに学校ごとに温度差があるのかと驚きました。

 

私立、公立で学校の裁量権も違うでしょうし

ネット環境の整備ができていないところ、

また先生方の通信技術が追い付いていないところ、様々かとは思います。

 

でも学校再開後に

教えてもいない範囲の一斉テストをするところは

子ども達へのフォローもないまま、うやむやに進んでいきます。

 

弟君の学校も、リモート授業などは全くなく

幸い2年生だったため、まだ自宅学習で

なんとか追い付くのも可能でした。

 

でも入学したての1年生や

高校受験を控える中学3年生へも

「それぞれ自宅で頑張って~」で良しとする

学校はおかしくないか、と思ってしまいます。

 

かつてない局面に戸惑うのは仕方ないとしても

子どもの未来が関わる事だけに

いつもの常識から外れてでも

子ども達へ寄り添う姿勢を見せてもらいたい。

 

大学で教員免許を取ってすぐ、学校という特殊な世界。

 

だからこそ、社会経験のある先生方も

もっともっと増えてもらいたい。

 

でも実際は

大学からの教員採用試験と

一般からの採用試験は

採用枠に決定的に差があるんですね。

 

社会を知った先生の方が

子ども達へも具体的なアドバイスをしてもらえます。

 

先生の志望率が低くなっている今

社会人枠を増やしてもらいたい。

臨時採用の先生方にも

給与面ももっと見合ったものに変えて行ってもらいたい。

 

でもどこでも

出来る限りの力を絞って、奮闘される先生方も

たくさんいらっしゃいます。

 

そんな先生方の頑張りが

今の学校を、子ども達を支えているのだと思います。