不登校から見えてきた未来 by 子連れ狼旅日記

自宅警備員中の息子とアラフォー母の転職記

不登校になって~動けない~

やり終えた安心感と

 

尽きない喪失感

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父の逝去後、葬儀の手配や

義実家の応戦などで奮闘した後

一気に疲れが襲ってきました。

 

コロナのため子ども達もステイホーム

主人も近親者の死去のため1週間の休み

 

弁当作りも送迎もなく

そんな状況にどっぷり甘えていました。

 

父の部屋には

葬儀社の方に作ってもらった祭壇があり

とってもとってもイイ顔で笑っている

父の写真が飾られていました。

 

介護ベッドを片付けた広い部屋に

布団を敷き

しばらくそこで寝ていました。

 

父を失った淋しさと

義実家と色々ありすぎ

主人と同じ部屋で眠るのも嫌だったので・・・

 

 

最期の数週間は

父も元気はあるものの

身体がしんどく夜も眠れない日が多く

 

夜中背中をさすったり肩をたたいたり

 

また歩行もおぼつかなくなっていたので

トイレまでも付き添いが必要でした。

 

なので仕事を辞めてからは

隣に簡易布団を敷き寝ていました。

 

今思えば、ほとんど寝ていなかったのか

 

葬儀の終えた日から、5日間ほど

食事もとらず、ただひたすら眠りました。

 

日中眠ると、夜眠れないほうなのですが

 

その時は身体が限界だったのか

 

気を失ったかのように

ずっと眠り続けていました。

 

その間ご飯や洗濯を、

子ども達が黙ってしてくれていました。

 

主人はそれまで、父が具合が悪いときも

アニメや映画を1日中、それこそ夜中も

平気でフルボリュームで見る人でしたが

さすがに寝室にこもっていたようです。

 

 

家の中が静かでした。

 

 

ついこの間まで

隣で笑っていたのに

話をきいてくれていたのに

 

その姿がなく

話し声も聞けない

 

何も考えたくない

 

そんな気持ちでいっぱいで

 

父を失った喪失感で

気力もすべてなくしていました。

 

 

次女が家が近いのもあり

よく顔を出してくれ

初七日の打ち合わせも、

一緒にしてくれました。

 

集まる人たちのお弁当を手配しようか、

という話になったとき

「うちは5個ね」と

思わず父の分まで入れて数えてしまい

涙が止まらなくなりました。

 

葬儀の時は

喪主として果たさなくてはいけない務めと

義実家との応戦で忙しく

 

ゆっくり悲しむことも

泣くこともできず

 

気持ちと現状が結び付けられませんでした。

 

後悔と怒りと悲しみと安堵と

色んな気持ちがごちゃまぜで

どうしてよいのかわからず

 

ただ眠ることで

考えないようにしていました。

 

 

初七日が終わった夜だったでしょうか

 

夜中ふと目を覚ますと

弟君が側にいました。

 

私の手を握り

父の遺影を見つめて

ぽろぽろと泣いていました。

 

「だいじょうぶ?」と聞くと

「うん、大丈夫」といい

 

優しい、優しい顔と声で

「無理しなくていいんだよ」と

頭をなでなでしながら言い

 

自分の部屋に戻っていきました。

 

 

小さいあの子が

いつの間にか

大人になっていた

 

こんなにいい子に育ってくれた

 

ごめんね、弱っちいお母さんで

 

待っててくれて、ありがとうね

 

 

涙が止まらず

 

父が笑いながら

こちらを見ているようでした。

 

 

もう、戻ろう。

がんばろう。

 

現実をうけとめて

進むんだ。

 

 

次の日から

お母さんモードで

復活することができました。