不登校から見えてきた未来 by 子連れ狼旅日記

自宅警備員中の息子とアラフォー母の転職記

不登校になって~永遠の別れ~

いつかはくる別れ

 

分かってはいても

 

気持ちがついていかなかった

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春の夜

家族に見守られて

私の父が旅立っていきました。

 

あまりの急変に

気持ちも追いつけず

 

それでも

いろんな人たちの助けと支えがあり

 

苦しい時間はあまり長くなかったように思います。

 

最後在宅看護に切り替え

お医者様や看護師さんが

精いっぱいの対応をしてくださいました。

 

またソーシャルワーカーさんたちのご尽力もあり

介護ベッドを手配してくれたり

 

幸運なことに

自宅で看取ることができました。

 

 

段々と体力は衰えていく日々でしたが

次男が作ってくれた夕飯を

リビングでみんなで食べました。

 

「おいしい。本当に上手かね」

と喜んで食べていました。

お風呂も自力で入っていました。

 

翌日。

どうも体がきついと言い

病院に外来を申し出ましたが

あいにく担当の先生が具合が悪く

また父の状態を考えて

在宅医療を勧められました。

 

通常在宅医療は

事前申請が必要です。

またすでに往診の予約が入っているので

スケジュールの調整も必要になります。

 

でも紹介してもらったところは

容体を説明し、できるだけ早くとの

希望にこたえてくださり

その日の午後には院長先生と来てくださいました。

 

携帯用の

モルヒネや鎮静剤を投与し

やっと苦しさから少し解放されたようでした。

 

胃がんから肺転移を起こしていたため

元々弱かった心臓も機能が低下し

片肺はすでに使えないようでした。

 

ですがその日の夜中

苦しいと何度も訴え

お薬を増量しても

効かないのです。

 

もう限界だったのでしょう。

 

翌日予定よりも早く届いた

介護ベッドに横たわりながら

 

介護認定の面談を受けました。

 

 

この時点で

医師からは「今晩です」と言われました。

 

 

あまりの急展開についていけず

たくさんの対応と連絡に

テンパりまくっていました。

 

それでも

連絡を受け

仕事先から飛んできてくれた従弟家族。

 

意識がうっすらとなった父に

声をかけるので精一杯でした。

 

その後、落ち着いたかのように見え

それぞれ休んでもらい

私と姉達だけになったとき

 

ふっと父が目を開きました。

 

それまでは

薬で意識がもうろうとしていたのに

パチクリと普通に目を開けるので

驚いてしまいました。

 

「あれ、起きた???」

パチパチと瞬きをする父に

「分かる?長女も次女もいるよ」

と言うと

皆の顔を見渡しながら

うん、うん、と頷き

そのまま静かに

眠って逝ってしまいました。

 

「心臓が動いてない」

次女が悲痛な声をあげるまで

何が起こったのか

受け入れられませんでした。

 

あまりの急変さに

子ども達を呼ぶ時間もなく

立ち会わせることができなかったことが

悔やまれました。

 

でも

ずっと

私達姉妹がずっと仲良くいてほしいと

願い続けていた父にとっては

 

最高に嬉しい最期だったのかもしれません